ケイゾクから見て取れる女は愛嬌という男性視感と心理的影響

月曜日 , 18, 3月 2019 ケイゾクから見て取れる女は愛嬌という男性視感と心理的影響 はコメントを受け付けていません。

春はあけぼのやうやう白くなりゆく山際。春になると明るくなり日も長くなるので、暖かくなります。暖かい日差しとともに外に出かけ春の空気を味わうもよし、虫なども動き始め、冬眠から覚めた動物は動き回り、草木は芽吹きます。人々は外に出かけ何かを求めて活発に活動し始めます。しかしそんな世間とは違い、私は今、昔のドラマを見ています。

ケイゾクというドラマなのですが、柴田の友人マイコが自殺するまでは、面白いと思います。それまでは、大体オムニバスで進むのでストーリーはあまり関係ありません。連続したドラマですと、ストーリーは重要であり、一度見逃すと、話が途切れてしまうことがあり、その点はオムニバスだと一回一回見てるだけで、話は完結し明瞭です。柴田を見て、私は当時非常に美人だと思って可愛いと思いました。

しかし、今見てもそこまで可愛く思えません。むしろ最近のアイドルの方が可愛いとさえ思います。しかし、演技は完全に演じており、どこか間の抜けた行動をとる女性、しかしながら頭がいい刑事。これを演じさせると右に出る者はいません。この間の抜けた女性像に魅力を感じたのでしょう。

顔こそそこまで良くないが、ついしぐさはプラスに加算され実際の評価よりかわいらしく思う。女は愛嬌とはよく言ったものです、やはり可愛いと思われるのに余りあるのでしょう。これは大いなるヒントになっています。昨今の女性は外面ばかりを繕おうと、こぞって競う。化粧をし、中でも度が過ぎた人は整形などします。

外見を繕おうとするよりも中身を伸ばすことが肝心だと感じざるを得ません。性格を変えればいい。しかし、内面とは性格だけではないのです。私はケイゾクの柴田から感じるのは、しぐさがプラスアルファ加算されている点です。何も、性格までを全部肯定しているわけではありません。

間の抜けた行動や仕草を真似することは、すぐにできるのではないでしょう。もちろん同性からぶりっ子だと、気に触ると不快感を与えるかもしれません。しかし、それは天性のもの生まれつきのものだと判断されていれば、どうでしょう。誰もがその仕草をする女性のことを可愛いと感じるでしょう。

最初からそういった女性を演じればいいのです。例えば、新しくアルバイトするなど、人間関係をゼロから構築できる機会があるとします。そういった機会に是非仕草などを変えてみるのも一つの手かもしれません。あまり容姿の容姿に自信のない女性にお勧めいたします。